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バレエの歴史



ここでは、クラシック・バレエの歴史についてご紹介していきます。

バレエの誕生から宮廷バレエを経て劇場バレエへ

バレエの誕生から宮廷バレエを経て劇場バレエへ

現在、私たちがクラシック・バレエと呼んでいるバレエの原型は、ルネッサンス期のイタリアに始まりました。15~16世紀にヴェネチアやフレンツェが繁栄、王侯貴族の間で催されたパーティーの余興として、踊りが踊られました。踊りといっても、床をゆっくりと歩き、そのフォーメーションを上から見下ろして楽しむというものだったそうです。15世紀の終わりに、レオナルド・ダ・ヴィンチが装置と衣裳を手掛けた大掛かりな舞踊の催しを上演。このような催しが盛んになり、フランスの宮廷へもたらされます。

フレンツェのメディチ家から、フランス王アンリ2世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスが、積極的に余興を開催。1581年の「王妃のバレエ・コミック」が、最初の宮廷バレエだと言われています。ルイ14世の時代、宮廷バレエは著しく発展し、1661年に王立舞踊アカデミーが設立。これが、現在のパリ・オペラ座バレエ団の起源となりました。

1671年にパリ・オペラ座が開場し、バレエは宮廷から専門劇場へと場所を移して発展します。オペラにバレエの場面を取り入れたオペラ・バレエがブームに。その後、バレエに演劇的要素が加わり、1789年には庶民を主役にしたバレエが登場、ロマンティック・バレエの先駆けとなりました。

ロマンティック・バレエの盛衰からロシア・バレエの黄金期へ

ロマンティック・バレエの盛衰からロシア・バレエの黄金期へ

19世紀のロマン主義の傾向により、1820年から70年ぐらいの間はロマンティック・バレエの時代に。ところが、1873年にパリ・オペラ座が火事で焼失、フランスのロマンティック・バレエは終焉を迎え、バレエの中心はロシアへ移っていきます。

ロシア皇帝はバレエを庇護し、1738年にはバレエ学校も設立。1847年にフランスの舞踊家マリウス・プティパが訪れ、ペテルブルクの帝室劇場と契約し、次々と大作を送り出して黄金期を迎えます。プティパのもとでクラシック・バレエのテクニックが確立されていき、1895年には「白鳥の湖」を上演、チャイコフスキーの3大バレエを完成させます。その後、ミハイル・フォーキンが自由な振付を目指し、バレエの改革を推進。ロシアで完成されたバレエは、再びヨーロッパへと発展していきます。

バレエ・リュスを軸にヨーロッパから世界へ広がったバレエ

バレエ・リュスを軸にヨーロッパから世界へ広がったバレエ

1909年、セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)がパリを来訪、1929年に解散するまで、バレエ・リュスはその革新的な創造精神から、フランス、アメリカ、イギリスと世界のバレエを席巻、現在名だたるバレエ団の基礎を築きました。革命後のロシアでは、社会主義体制のもとバレエが発展、60年代にパリに亡命したルドルフ・ヌレエフは80年代にパリ・オペラ座バレエ団を統率、栄光の時代を取り戻しました。