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落語家と一門



落語家の多くが属する協会、そして一門についてご紹介します。

東京の落語家たち

東京の落語家たち

東京のプロの落語家は基本的に団体に所属しています。「一般社団法人落語協会」(落協)、「公益社団法人芸術協会」(芸協)は、上野・鈴本演芸場浅草演芸ホール、新宿・末広亭池袋演芸場に定席を認められている団体で、それ以外に「円楽一門会」、「落語立川流」など一門の独立組織があります。名古屋を活動拠点にしている二代目快楽亭ブラック(もと落語立川流)などフリーの落語家ら例外もあります。

「落語協会」は、関東大震災の後、東京落語界が大同団結し、全員が合同して1923年に創立、初代会長は五代目柳亭左楽でした。落語家・講談師などが所属しています。亭号別では、三遊亭圓歌・金馬ら三遊亭、柳家小三治・さん喬ら柳家、林家こん平・正蔵ら林家、古今亭志ん輔ら古今亭、入船亭扇橋・扇遊ら入船亭、柳亭市馬ら柳亭、桂文楽ら桂、橘家圓蔵ら橘家、鈴々舎馬風ら鈴々舎、春風亭小朝ら春風亭、金原亭伯楽ら金原亭などの一門が名を連ね、組織されています。

「落語芸術協会」は1930年に落語家以外の色物も所属する日本芸術協会として設立され、初代会長は六代目春風亭柳橋。1933年に二代目桂小文治会長の日本演芸協会を吸収、1977年に「落語芸術協会」と改称しました。亭号別では、桂米丸・歌丸・米助ら桂、三遊亭遊三・小遊三ら三遊亭、三笑亭笑三・茶楽ら三笑亭、春風亭小柳枝・昇太ら春風亭、柳家金三ら柳家、古今亭寿輔ら古今亭、柳亭楽輔ら柳亭、瀧川鯉昇ら瀧川などの一門が所属しています。また、上方落語協会に所属する笑福亭鶴光一門も加盟しており、ほかに講談や漫才、マジック、ザ・ニュースペーパーらも。

「円楽一門会」は五代目圓楽一門の団体。1980年に五代目圓楽が一門と「大日本すみれ会」を設立し、1985年に「落語円楽堂」、1990年に「円楽一門会」と改称。2009年に五代目圓楽が死去、三遊亭鳳楽を会長に、好楽、六代目圓橘、六代目円楽らと「五代目圓楽一門会」として継続。

「落語立川流」は、1983年に大半の弟子と共に落語協会を脱会した立川談志が設立。家元制度を確立し、初代家元に就任しました。2011年の談志の死去後は、家元制度を廃止して土橋亭里う馬を代表に、志の輔、談春、志らく、談笑ら一門で2012年より新たに活動を始めています。

2003年には、春風亭小朝がリーダーとなり、「落語界の内外側からの活性化」を目的に、「六人の会」が結成されました。メンバーは小朝のほか笑福亭鶴瓶、林家正蔵、春風亭昇太、立川志の輔、柳家花柳という人気者がズラリ。この全員が一緒に活動することによって話題性が高まり、全国的な落語ブームへの火付け役となりました。

大阪の落語家たち

大阪の落語家たち

1946年~47年ごろ、上方の落語家は10人程度でした。1957年に18名で発足した「上方落語協会」は、「公益社団法人上方落語協会」となり2013年には228名が所属。二代目笑福亭松之助や1994年に脱退した故・桂枝雀一門(一部は復活)など、非所属の落語家もいるものの、上方落語を牽引する最大の組織です。

亭号(家号)では、まず「桂」から。上方で初めて寄席興行をした初代桂文治を元祖とする「桂」。三代目文治が江戸と上方の両方に出来たため、東西で「桂」を名乗る落語家が生まれました。現在も、桂米朝一門、桂春団治一門、桂文枝一門があり、上方落語界で最も多くの落語家を擁しています。「林家」は現在、笑福亭一門の五大目松喬が笑福亭を離れ、系統が絶えていた林家染丸の二代目を襲名し、一門を形成しました。

「月亭」は、桂米朝の弟子で小米朝だった月亭可朝が長らく途絶えていた名跡を復活させ、その弟子たちが名乗っています。「露の」は露の五郎兵衛に由来する家号で、300年の空白だった大名跡を2005年に継いだ二代目の一門が名乗っています。五郎兵衛一門には江戸落語の家号「立花家」を名乗る四代目立花家千橘がいます。東京の落語家、橘ノ円都が上方で若手の指導に尽力し、晩年に入門した弟子が「橘家」を名乗っています。三代目笑福亭福松に入門した笑福亭福郎が、森乃福郎に改名し、二代目とその弟子が「森乃」を継いでいます。「明石家」は笑福亭松之助が、自分の本名から弟子に付けた家号。現在の明石家さんまは、松之助が笑福亭から改名させたと言われています。