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寄席の今



寄席は、1年365日、いつ行っても落語の公演を行なっている定席を持つ劇場のことです。落語を中心に、漫才やマジックなど色物も多彩に上演されています。

東京の寄席

東京の寄席

東京にはまず4軒の寄席があります。1857年(安政4年)にできた上野の「鈴本演芸場」(285席)。ペリー来船の折、講釈場として誕生し、寄席へと変わって来ました。席亭は156年目となる2013年で六代目を数え、主に落語協会所属の芸人が出演しています。

新宿・末広亭」(313席)は、1897年(明治30年)に浪曲師・末広亭清風が創業。第2次世界大戦で焼失しましたが、初代席亭の北村銀太郎が1946年(昭和21年)に再建しました。席亭は四代目を数えます。寄席の雰囲気を残した趣のある造りで、1・2階席あり、上手下手には桟敷席も。落語協会と落語芸術協会が交互に出演しており、自主興行の“深夜寄席”では若手の落語をたっぷり楽しめて人気。大の月の31日と12月29日には“余一会”と称し、定席とは無縁の落語家も登場するなど、特別興行を行っています。

池袋演芸場」(92席)は1951年に開場。周辺の再開発のため、1990年から休業して改装、1993年に再開しました。これまでの路地裏から駅前に進出し、ビルの地下階となり、畳席は椅子席に。落語協会と落語芸術協会が10日間交互に出演しています。

浅草演芸ホール」(340席)は、東京オリンピックの1964年(昭和39年)に開場。映画館から、ストリップ劇場、そして渥美清、ビートたけしらを輩出した演劇の東洋劇場ができた折、ビルの4・5階に落語定席が誕生しました。その後1階に移転し、1・2階席のある寄席に。今ではスカイツリーも近いとあって観光客ら団体客も多く訪れています。

以降は新進ですが、定席を持つ新たな寄席が生まれています。

1979年に千代田区に国立劇場が誕生、その一部として1階に演芸資料展示室のある「国立演芸場」(300席)が出来ました。番組は上席・中席のみで、落語協会と落語芸術協会が分け合って出演しています。月1回、協会を超えた出演者で“国立名人会”が行われ、毎月最終週の週末昼には若手の“花形演芸会”も開催されています。

1994年には「お江戸日本橋亭」が開場しました。演芸・邦楽・先頭芸能の公演や稽古を主眼とした多目的ホールです。毎月21日~27日の平日夜のみ、落語芸術協会の定席があります。落語や講談、演芸などを取り交ぜて見せる“お江戸日本橋寄席”も開催。

1996年に「お江戸上野広小路亭」がオープン。毎月、落語芸術協会の15日間の寄席を中心に公演が行なわれ、伝統芸能や若手お笑いライブにも門戸を広げています。立川流、円楽一門会の落語、講談、浪曲、義太夫などが上演される企画“しのばず寄席”や講談会など、独自の催しも行なっています。

大阪の寄席

大阪の寄席

大阪にある寄席は「天満天神繁昌亭」のみです。上方落語協会と市民や落語ファンらの力で、2006年9月にオープン。会長の五代目桂文枝(当時は桂三枝)を筆頭に当代の上方落語家がズラリと並び「上方落語家の長年の夢が実り、60年ぶりに関西で野落語定席復活」と感激の口上を述べました。3年目の2009年には来場者50万人を突破する人気です。

朝・昼・夜の3回公演で、朝は団体観賞や落語家の勉強会、昼は定席で落語8席、色物2席で構成する寄席で、出演者は週替わり。夜席は独演会や一門会、二人会など企画ものを開催しています。アマチュア向けの“落語家入門講座”はNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」の影響も受け、女性の参加が多い人気の講座。芸歴25年未満の若手を対象にした“繁昌亭大賞”も回を重ねています。

「六人の会」の「東西落語研鑽会」や「大銀座落語祭」など、2003~4年ごろから東京で巻き起こった落語ブームが関西に上陸し、追い風に乗って「天満天神繁昌亭」が開場となりました。「天満天神繁昌亭」の以前、以後、と歴史に残る上方落語の拠点として、今後の発展が期待されています。