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八千代座のご紹介



ここでは、八千代座の歴史や、過去に公演された歌舞伎についてご紹介していきます。

歌舞伎の芝居小屋から映画館へ

八千代座

かつて、温泉と商工業で栄えた熊本県山鹿市。八千代座は1910年(明治43年)、「旦那衆」と呼ばれる山鹿の商工会が劇場組合を結成し、1株30円の株を募って建てた熊本県にある芝居小屋です。1910年(明治43年)初夏に着工、同年10月17日に上棟式が行なわれ、年末に竣工しました。

このとき、八千代座を設計し、工事の監修をしたのが回船問屋の主人であり、灯籠師でもあった木村亀太郎氏です。建築に関して素人だった木村氏ですが、東京の歌舞伎座や日本各地の芝居小屋を見学。さらには上海にまで渡って洋式工法を学び、その長所を取り入れるなど熱心に研究を重ね、八千代座を完成させました。

八千代座は、国の重要文化財に指定され、江戸時代の伝統的な芝居小屋の様式を今に伝える貴重な建築物として受け継がれています。

完成後の1911年(明治44年)1月には、歌舞伎の松嶋屋一座による杮落し公演が開催され、その歴史をスタートさせた八千代座。1921年(大正10年)の法律改正により、喫煙室の設置が義務付けられたことを受け、1923年(大正12年)には喫煙室の増築を中心に増築工事が行なわれました。これが八千代座の第二期の幕開けです。

大正から昭和初期にかけて、当代一流と呼ばれる芸能人が熱演をふるい、八千代座は全盛期を迎えます。

昭和30年代に突入すると、映画の台頭により、八千代座には映写室が設けられ、映画館に改造。しかし、昭和40年代に入り庶民の娯楽が多様化すると共に、次第に時代に取り残されていった八千代座は廃屋同然になってしまいます。第三期、衰退期と称される時代です。

民衆の熱意により復興、坂東玉三郎氏の舞台が話題に

1986年(昭和61年)頃から復興への活動が始まると、見る見る朽ちていく八千代座に心を痛める人々が「瓦一枚運動」と称して募金を呼びかけ、まずは屋根瓦の修復に着手しました。さらには、この運動に感化された若者たちも立ち上がり、八千代座復興へ向けて様々な活動を始めます。
その思いが実り、1987年(昭和62年)には市民からの寄付を元手に本格的な復興をスタート。翌年の1988年(昭和63年)には、国の重要文化財に指定されました。

1990年(平成2年)には、市民の手作り公演として「坂東玉三郎舞踊公演」が実現。明治時代から続く八千代座独特の空気感の中で舞う、歌舞伎役者の坂東玉三郎氏の舞台が人々を魅了し、八千代座の名前が全国へ知られるきっかけに。

復興への大きな一歩を踏み出した八千代座は、1996年(平成8年)から平成の大修復を開始し、2001年(平成13年)に修復が完了。新たなスタートを切った八千代座では、25年にわたって行なわれてきた「坂東玉三郎舞踊公演」を2015年(平成27年)も開催。25周年という節目にふさわしいあでやかな舞台が披露されました。

過去に公演された歌舞伎

2015年(平成27年)

  • 坂東玉三郎特別舞踊公演

2014年(平成26年)

  • 坂東玉三郎特別舞踊公演

2010年(平成22年)

  • 八千代座100周年記念坂東玉三郎特別舞踊公演 「お目見得口上」、歌舞伎舞踊「羽衣」「吉野山」
  • 八千代座開場百年 坂東玉三郎特別舞踊公演「春夏秋冬」

2009年(平成21年)

  • 八千代座100周年オープニング記念 坂東玉三郎特別舞踊公演

2008年(平成20年)

  • 坂東玉三郎特別舞踊公演

2006年(平成18年)

  • 坂東玉三郎舞踊公演 藤娘 鷺娘
  • 坂東玉三郎と一門の朗読の会「天守物語」

2005年(平成17年)

  • 坂東玉三郎舞踊公演 船辧慶 阿国歌舞伎夢華

劇場情報

劇場名 八千代座施設情報を見る
所在地 〒861-0501
熊本県山鹿市山鹿1499
連絡先 0968-44-4004
アクセス JR鹿児島本線「玉名駅」下車、山鹿行き産交バスで約40分
九州自動車道・菊水インターより約15分
ホームページ http://www.yachiyoza.com/
設備 舞台、枡席、上手桟敷、下手桟敷
資料館「夢小蔵」
座席数 約650席