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内子座のご紹介



ここでは、内子座の歴史や、過去に公演された歌舞伎についてご紹介していきます。

大正天皇の即位を祝して誕生した劇場

内子座

愛媛県内子町にある芝居小屋、内子座。内子地区は、江戸時代から明治時代にかけて、木蝋(もくろう)や和紙などの生産で繁栄しました。

経済的に余裕があったことから、芸術や芸能文化を愛する町民たちの熱意によって1916年(大正5年)、大正天皇の即位を祝して内子座が誕生。

木造2階建ての瓦葺き入り母屋造りで、回り舞台や花道、枡席などを備え、当時の建築技術の粋を結集した劇場として話題を集め、歌舞伎や文楽(人形劇)、落語などが公演されていました。杮落し興行は、淡路を拠点に人気を博していた吉田伝次郎座による人形浄瑠璃でした。

その後は、娯楽文化の多様化などによって衰退。一時は映画館などに改装されたものの、老朽化のために取り壊しの危機を迎えます。しかし、住民の熱意もあり、町並保存事業に連動して1983年(昭和58年)から1985年(昭和60年)に復元、1985年(昭和60年)10月には劇場として再出発を果たすことができました。

歌舞伎ブームの中、観光資源として芝居小屋を再興

内子座の再興と内子町の観光の起爆剤となったのは、1995年(平成7年)9月から始まった内子座文楽の定期公演です。発端は1992年(平成4年)、東京から松山へ転勤となった一人の新聞記者がはじめて内子座を見学した際、江戸情緒が漂う独特の空間に魅せられ、2階の桟敷席から舞台を見つめていたときに「ここで文楽を上演できたら素晴らしい」とひらめき、立ち上がります。

折しも香川県では、旧金毘羅大芝居(金丸座)を舞台に「こんぴら歌舞伎大芝居」が話題になっていた時期。内子座は、全国的にも珍しくなってしまった江戸の情緒を残す芝居小屋であり、江戸時代に盛んに行なわれた文楽を上演すれば町興しにつながるに違いないという確信があったのです。

1993年(平成5年)に「愛媛広域観光と内子文楽を促進する会」を結成。主に東京や大阪以外に定期公演を行なっていなかった文楽協会の説得、内子座を管理している行政や地元住民らへの理解と協力の呼びかけなど、様々な苦難を乗り越えた末、内子の町政40周年にあたる1995年(平成7年)に、記念事業のひとつとして「第1回内子文楽」の開催に漕ぎ着けました。

多くの人の心配や不安をよそに、場内は全国から集まった文楽ファンで大盛況。町の特産品である和蝋燭が舞台前を灯す幻想的な雰囲気の中、観客は一流の技に酔いしれました。

第1回の盛況を受け、約半年後の1996年(平成8年)の4月には早くも第2回を開催。日本の中でも人気の公演として毎年注目を集めるようになります。しかし、公演の規模が大きくなるにつれ、町の財政にとって多額な費用負担が重くのしかかるようになり、1999年(平成11年)の第5回公演をもって、中断が決定し、実行委員会も解散に。

その後、突然の休止を惜しむ多くの声に後押しされるように、内子座文楽が再開したのはおよそ3年の時を経た2002年(平成14年)8月。翌年の2003年(平成15年)には文楽がユネスコの無形文化遺産に選定されたことも追い風となり、日本の貴重な文化を当時の趣の中で観劇できる貴重な公演として、多くのファンが訪れています。

近年は文楽公演の他、歌舞伎も上演されるなど、地域の娯楽の場や魅力的な観光資源として親しまれており、2015年(平成27年)には内子座が国の重要文化財に選ばれました。

過去に公演された歌舞伎

2015年(平成27年)

  • 第19回 内子座文楽
  • 前進座「芝浜の革財布」
  • 大蔵流茂山狂言
  • 内子町伝統芸能まつり

2014年(平成26年)

  • 第18回 内子座文楽

2013年(平成25年)

  • 第17回 内子座文楽

2012年(平成24年)

  • 第16回 内子座文楽

2011年(平成23年)

  • 第15回 内子座文楽

劇場情報

劇場名 内子座施設情報を見る
所在地 〒791-3301
愛媛県喜多郡内子町内子2102
連絡先 0893-44-2840
アクセス 松山自動車道・内子五十鈴ICより車で1分
JR予讃線・内子線「内子駅」より徒歩10分
ホームページ https://www.town.uchiko.ehime.jp/site/uchikoza/
設備 回り舞台、花道、枡席、楽屋、すっぽん、黒御簾、義太夫席
座席数 約650席