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鳳凰座のご紹介



ここでは、鳳凰座の歴史や、過去に公演された歌舞伎についてご紹介していきます。

最大の娯楽として親しまれた地歌舞伎の舞台

鳳凰座

鳳凰座は現在の下呂市御厩野(みまやの)、かつての美濃と飛騨の国境の峠、舞台峠の麓にある芝居小屋です。下呂市御厩野の日枝神社境内にあった観客席のない拝殿型の農村舞台を、1827年(文政10年)に現在の地へ移築し、小屋部分を増築したのが始まりと言われています。

厚木の大半は、3キロメートルあまり上流の山から地域の住民が総がかりで切り出して運んだもので、回り舞台付きの舞台が設けられました。

昭和の大改修を行なった際に回り舞台は取り壊されたため現存していませんが、平土間は傾斜して枡席の構成をとり、左右2段の桟敷、小屋組みの大梁が露出する姿などは、往時の地歌舞伎小屋の雰囲気を色濃く残しています。

鳳凰座の歌舞伎は、江戸時代の文化・文政年間(1804年~1829年)ごろに始まったと言われ、明治時代や大正時代は地域の人々の唯一、最大の娯楽として全盛期を迎えます。1883年(明治16年)に行なわれた改装では、客席部分を増築。建物全体では間口約18.3メートル、奥行き約24.5メートル、舞台は間口約14.4メートル、奥行き7.2メートルの大規模なものでした。

中でも最大の特徴は、その客席の造り。1階の平土間部両側の桟敷席、つまり花道を境にした両サイドの客席が棚田状になっているため、空間が広く感じられ、どこからでも舞台が見やすい構造になっています。

保存会の熱心な活動で鳳凰座歌舞伎の歴史を今に伝える

1952年(昭和27年)にも大規模な改装を敢行。歌舞伎の上演は、第2次世界大戦などを経て中断していた時期もありますが、終戦直後の1945年(昭和20年)秋には、再び芝居の上演を復活。1960年(昭和35年)には鳳凰座村芝居保存会(現在の鳳凰座歌舞伎保存会)が結成され、1971年(昭和46年)からは定期的に公演されるようになりました。

現在でも、毎年5月に行なわれる御厩野の日枝神社と熊野神社の祭礼に合わせて、素人歌舞伎の上演を実施。その他にも鳳凰座の地歌舞伎は、2000年(平成12年)には大阪市の国立文楽劇場、翌年2001年(平成13年)には名古屋市の愛知県芸術劇場で公演を実現して好評を博するなど、地歌舞伎の継承と認知拡大のため、積極的な取り組みを続けています。

振付は市川福升師匠、太夫三味線は歌舞伎保存会の竹内美功、豊澤順八両師らが中心となって担当。鳳凰座に伝わる「鳳凰座歌舞伎」を受け継ごうという保存会の動きは、全国的に大きくなっている地歌舞伎の復活に対する流れの中でも、熱心なグループの活動のひとつとして注目を集めているのです。

鳳凰座の村芝居は、所蔵されている江戸時代当時の台本8冊と共に、1972年(昭和47年)、岐阜県の重要有形民俗文化財に指定。1998 年(平成10年)に行なわれた改修時には、戦後間もなくして取り払われていた回り舞台が復活するなど、伝統の継承にも力が注がれています。

2015年(平成27年)の鳳凰座歌舞伎では、仮名手本忠臣蔵 一力茶屋、身替座禅、恋飛脚大和往来 新口村、双蝶々曲輪日記 引窓などが上演されました。

過去に公演された歌舞伎

2015年(平成27年)

  • 鳳凰座歌舞伎定期公演

2014年(平成26年)

  • 鳳凰座歌舞伎定期公演

2013年(平成25年)

  • 鳳凰座歌舞伎定期公演

2012年(平成24年)

  • 鳳凰座歌舞伎定期公演

2011年(平成23年)

  • 鳳凰座歌舞伎定期公演

2010年(平成22年)

  • 鳳凰座歌舞伎定期公演

劇場情報

劇場名 鳳凰座施設情報を見る
所在地 〒509-2312
岐阜県下呂市御厩野76-1
連絡先 0576-24-2222(下呂市観光課)
アクセス 中央自動車道・中津川ICから車で約50分
JR高山本線「下呂駅」から濃飛バスで約25分、「御厩野バス停」下車すぐ
ホームページ http://www.city.gero.lg.jp/kankou/
設備 客席、舞台、回り舞台、花道
座席数 約600席