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平成28年 錦秋名古屋顔見世レポート 夜の部

菅原伝授手習鑑 寺子屋 すがわらでんじゅてならいかがみ てらこや

究極の忠義!菅原道真の子を守った手段とは?
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)は、人形浄瑠璃の戯曲が移入された義太夫狂言で、「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」と並ぶ歌舞伎の三大名作のひとつ、菅原道真が大宰府流罪から天神となるまでのお話です。また菅原伝授手習鑑は、1段目(第一章のようなもの)から5段目まである、いわゆる長編ものとなっています。寺子屋は4段目の中にある物語です。さらに、4段目は複数の節で構成されており「寺子屋」の他に「寺入り」というお話もあります。このお芝居の中で菅原道真は「菅丞相(かんしょうじょう)」と呼ばれており、「寺子屋」は大宰府流罪となった菅丞相の子を守るお話です。
菅秀才の首は守られるのか!?
菅丞相が大宰府流罪となり、寺子屋に匿われていたご子息「菅秀才」にも、とうとう悪い左大臣である藤原時平の手が伸びようとしているところから話は始まります。寺子屋に匿われていることは、すぐに発覚してしまいます。寺子屋を営んでいる武部源蔵は「菅秀才の首を討って差し出せ!」と厳命を受けてしまいました。菅秀才は寺子屋にて匿っている大切な子。どんな手段をとっても守り通さなければなりません。
菅秀才の代わりが務まる子どもとは?
菅秀才を守るため、武部源蔵は代わりを探そうとします。しかし、寺子屋の子どもは皆真っ黒なので、菅秀才の代わりは務まりません。このような状況で武部源蔵が自分たちの顔を見ているとも知らず、無邪気に笑い返す子どもたち。武部源蔵が頭を抱えている中、新たに寺子屋に預けられた子どもが一人。品の良い顔立ちで菅秀才とどこか似ています。このようなことから、菅秀才の身代わりとして白羽の矢が当てられたのですが…首を切られる代わりを捜すなど、罪はないのに身代わりとなる子どもがいることに心が痛みます。
心が締め付けられるラスト! 身代わりになった子どもと首の正体
「菅原伝授手習鑑 寺子屋」、テーマはとても重いですが、ひとつひとつのシーンを演じる俳優に情緒深さがあり、見応えが感じられます。首を切ったあと「首実検役」の松王丸が本人の首かどうか確認するのですが、武部源蔵は身代わりを探すだけでなく、その首実検役を欺く暴挙に出ました。そんなラストに菅秀才の身代わりとなった子どもの正体が明らかに!首実検役を欺けた理由には、驚愕してしまいます。菅原伝授手習鑑の中でも人気が高いお芝居なので、ぜひ一度鑑賞してみて下さい。

英執着獅子 はなぶさしゅうちゃくじし

妖美な姫の大乱舞!?髪洗いの所作事に注目
「英執着獅子」は、女形が踊る獅子物の代表作です。原点は能の「石橋」なので歌舞伎の世界では 「石橋もの」もしくは「獅子もの」と呼ばれています。「文殊菩薩のある清涼山に突如発生した石橋」や、「霊獣獅子が牡丹に宿っている」という説が元となり作られた舞踊です。それゆえ、音楽や舞台は幻想的で華やかなものとなっています。
前半の見どころは、恋する獅子と姫の舞
恋する獅子が姫を口説くシーンが前半です。獅子の恋する心と姫の美しさを表現するため、花が多く使われています。お囃子や小太鼓、三味線に「ヨーッ」という掛け声など、耳でも楽しめる歌舞伎です。恋する獅子と姫が少しずつ近づく様子がよく分かります。
後半は獅子の乗り移った姫が大乱舞
後半の見どころはなんといっても獅子が乗り移った姫の大乱舞。牡丹を手にした姫が獅子狂いを見せてくれます。白頭を振る獅子。頭を何度も振ってまわすしぐさを「髪洗い」と言います。髪洗いが始まるとラストが近いということ。強い首の力が必要な髪洗いを何度も見せる、石橋の上での髪洗いは圧巻の一言です!
話を知っていればもっと楽しい獅子もの
獅子ものは言葉がありません。そのため音楽や表情、しぐさなどで物語を読み解く必要があります。事前に物語のあらすじが分かっていると、より楽しんで舞台を見ることができます。歌舞伎初心者でも話が分かれば2倍楽しめる、美しくて力強い女形獅子は必見です。

品川心中 しながわしんじゅう

女心と秋の空。心中相手は道連れのろくでなし
現代の世の中にも「いるいる」と頷ける、男女の人間模様を表現した「品川心中」。
名古屋で初めて上演される歌舞伎ということで、注目したい演目です。歌舞伎は分かりにくいと思ったら大間違い!現代風にアレンジされた世話狂言なので、初心者の方にも理解しやすい歌舞伎になっています。
品川心中はどんなお話なのか?
主人公の幇間(たいこもち)の一八は男芸者なのに、稼業に専念せず、賭け事や女遊びをするろくでなし。そんな一八に、とある白羽の矢が立ちました。白羽の矢を立てたのは品川宿の城木屋楼で女郎をしている「おそめ」。おそめは年齢と共にお客が減りお金の工面ができないため死のうと考えていました。しかし一人で死ぬのは怖いので、「一緒に心中してくれる人」として白羽の矢が立ったのが一八でした。「さてさて、おそめと一八は本当に心中してしまうのか?」という内容の落語が脚色された歌舞伎で、全国的にも上演されるのは1962年(昭和37年)以来です。
自由な「おそめ」と生活が苦しい「おたね」
この歌舞伎の主人公は一八ですが、実は「おそめ」と「おたね」のお話でもあります。心中を考えている「おそめ」と、生活苦により一八に優しくできず、子供を里子に出そうとまで思い詰めている妻の「おたね」。どちらの女性も生活に苦しんでいます。しかし、一八は軽々しく「死ぬ」ことを決めタダ酒を飲み明かしている状態です。三角関係や死などの重いテーマなのですが、とてもコミカルに描かれています。
秋らしい歌舞伎?影絵と女心が交錯する
季節が感じられるのも歌舞伎の醍醐味。名古屋公演が10月ということで「品川心中」は秋らしい歌舞伎となっていました。秋の夜長、月夜の晩に楽しげな「影絵遊び」。鶴と亀や山の風景などに観客からも歓声が上がります。豪遊して死ぬつもりだったおそめと一八ですが、おそめの決心は死ぬ直前で変わりました。川に落ちた一八も助けず気が変わったおそめ、女心と秋の空とはこのことですね。影絵の風景や心の移り変わりから、秋らしさを感じました。一八が少し気の毒に思えましたが、それも自業自得です。心中という重いタイトルではありますが、気軽に観賞できる歌舞伎だと言えます。