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歌舞伎俳優中村壱太郎さんインタビュー 毎日、新しい気持ちで役に挑みたい

「上方歌舞伎の新星」と呼ばれ、
期待と注目を集めている中村壱太郎(なかむらかずたろう)さん。

10代の頃から、女方の大役や舞踊の大曲などに次々取り組み、
情感溢れる、みずみずしい演技を繰り広げています。

平成29年10月1日(日)から25日(水)までの「錦秋名古屋顔見世」では、役柄の異なる3つの役に取り組まれます。
開幕を控えた9月某日、ご出演中の歌舞伎座に壱太郎さんを訪ね、
歌舞伎についての思いやご自身のこと、「錦秋名古屋顔見世」への
意気込みなどをお聞きしました。

中村壱太郎さん インタビュー動画
時代を担う歌舞伎俳優インタビュー 中村壱太郎
インタビューの動画を見る

常に変化している歌舞伎の魅力

「いつの時代も止まらずに進んできたことが、400年続いてきたポイントです。」
歌舞伎が400年以上の長きにわたって、
愛され続けてきた理由について、どのようにお考えですか。

江戸時代に生まれた歌舞伎は、当時の庶民の娯楽でした。たくさんの娯楽がある今も、お客様が劇場に足を運んで下さるのは、歌舞伎にしかない魅力が備わっているからだと思います。
ひとつは男性だけで演じていること。女方などの特殊な演技法が確立され、伝統を守りつつ、時代に合わせてしっかりと変化していく。いつの時代も止まらずに進んできたことが、歌舞伎が残ってきた大きなポイントだと思います。

歌舞伎初心者の方に、歌舞伎の楽しみ方についてのアドバイスを
頂けますか。

歌舞伎は基本的に公演中、毎日休みなく上演していますので、お芝居も初日から千穐楽まで、どんどん変化していくんですよ。その変化を観て頂くのも、楽しみ方のひとつですね。
一度ご覧になって、「あの人が綺麗」とか、「あの人、格好良い」とか、「大道具が素敵だな」とか、何でもいいので、気に入ったところを見つけて持ち帰って頂き、興味を持たれたところを、ご自宅で調べて頂いて、興味をさらに湧き立たせて、もう一度観に来て頂くのが、歌舞伎ならではの楽しみ方だと思います。
僕たちも何度も観に来て頂きたいですし、何度ご覧になっても色んな発見があると思います。ご自分の気に入ったところ、興味が湧いたところを深めていくことが、歌舞伎を楽しむポイントだと思います。

歌舞伎俳優の家に生まれて

「好きな仕事がそこにあった。 幸せなことですね。」
幼少の頃から歌舞伎役者として舞台に立たれていますが、
他の職業に就きたいと思ったことはおありですか。

「初御目見得」と言って、本名のまま歌舞伎の舞台に初めて立ったのが、2歳になる前。中村壱太郎という名前で初舞台を踏ませて頂いたのも幼稚園の頃なので、ほとんど記憶がないんですよ。物心つく前から舞台に立っていますので、それが普通と言いますか、違和感なく、ずっと好きでやってこられた。有難いことですね。大学生の頃、みんなが就職を考え、好きな仕事を探していく中で、僕は好きな仕事がそこにあった。それも幸せだなと思いましたし、「この仕事を一生やっていきたいな」と大学生の頃、改めて思いました。他の仕事に就きたいと考えたことはないかもしれないですね。

我が家は代々歌舞伎をやっていて、僕の代で、五代直系で続いておりますが、祖父の坂田藤十郎も父の中村鴈治郎も、僕が歌舞伎役者になることを強制することはありませんでした。そういった家庭環境の中で、歌舞伎を好きになり、仕事としてやっていけるのは幸せなことだと思います。

ご自身の手料理の写真をブログにアップされていますが、
料理を始められたきっかけは。

父は歌舞伎役者で、母は日本舞踊家(日本舞踊吾妻流三世宗家・吾妻徳穂)をしておりますので、小さい頃から両親が家にいることが少なかったんですね。父も母も料理好きということもあり、自分で作りたいという気持ちが芽生えました。そのうちに料理が好きになって凝り出しまして、色々と作るようになりました。やはり食事を作って、ゆっくりと過ごす時間は大切だなと思いますね。東京以外の公演は1ヵ月間ホテル暮らしで、なかなか料理はできませんので、東京にいるときは自宅で過ごす時間をとても大切にしています。心身ともにリラックスしている気がしますね。

憧れの役、憧れの存在

「祖父のように、50数年後もお初を演じられる自分でいたい。」
2012年7月 松竹大歌舞伎 近松座公演「曽根崎心中」お初
これまで演じられた役の中で、
転機になった役や印象深い役についてお話頂けますか。

たくさんの思い出深い役がありますね。中でも、『曽根崎心中』のお初を19歳のときに演らさせて頂いたことが、とても印象に残っています。僕の役者人生の中で、転機になった瞬間だなと今も思います。お初と徳兵衛という2人が主役で、見せ場の多い役を演じるのは、初めての経験でした。19歳の設定のお初に19歳で挑めたことに、作品との縁も感じました。お初は、祖父が1,400回以上演じていて、「自分もいつか演じたい」と思っていた憧れの役。その役を急に演じられることになり、右も左も分からない中、お初の気持ちだけで演じたことが思い出として残っています。2年後の2回目は、少し落ち着いて取り組めました。その後、大きな役を努めさせて頂くときにも、お初の経験が役に立っています。2度目にお初を演らさせて頂いてから5年。また挑めるチャンスがあればと願っています。

役を演じられる上で、心掛けていることや、
大切にしている言葉は何でしょうか。

歌舞伎は先輩方から教わって、芸を継承していくことが大切で、僕も女方の役を祖父からたくさん習っています。祖父がよく話すのは、「毎日新しい気持ちで役に挑む」ということですね。歌舞伎の公演は大体25日間。毎日同じ芝居を演じている中で、どこか気持ちの隙ができてしまうときがあります。それを引き締めるために、「毎日、その役に初めて出会う気持ちで演じなさい」と祖父から言われています。その心掛けは、常に大事にしております。

祖父は今年で86歳。9月も歌舞伎座で共に舞台に立っています。祖父は「一生青春」という言葉を大事にしていまして、まさにその通り、常に若く元気なんですよ。歌舞伎役者には引退がありませんから、僕も身体が動き続けるまで、声が出続けるまでやっていくと思いますけど、その中で大切にしないといけないのは、いつまでも若々しくいることだと思います。『曽根崎心中』の19歳のお初を、祖父は80歳を超えてからも演じています。
祖父のように、50数年後にもお初を演じられる自分でいたいなという意味も込めて、自分の中でも「一生青春」という言葉を大事にしています。

舞台への熱い思い

「仕事の核として生きていきたい。」
歌舞伎役者として、目指したいこと、
実現させたいことについてお話頂けますか。

昨年初の挑戦で、現代劇の世界に飛び込ませて頂き、1年の大半を現代劇のカンパニーで過ごしました。日本の各地やシンガポールでも公演させて頂いたんですよ。劇作家の野田秀樹さんが以前書かれた『三代目、りちゃあど』という作品で、凄く刺激的な体験でした。演出家がシンガポールの方で、共演者にも外国の方がいらっしゃる。舞台上で交わす言葉も、僕は日本語ですけど、英語で話しかけてきたり、インドネシア語が聞こえてきたり。ある意味、カオスな世界で芝居をする中、歌舞伎の演技をもとに色々なアプローチができるんだなという発見がありました。これからも、他の舞台にも積極的にかかわっていけたら嬉しいですね。おのずと歌舞伎役者としてのスキルにもなると思います。歌舞伎を念頭に置き、みなさまと生で接することができる舞台の世界を、これからも仕事の核として生きていきたいなと思っています。

今後の歌舞伎界において、
ご自身の役割をどう捉えておられるかお聞かせ下さい。

歌舞伎には大きく分けると、上方(関西)と江戸(東京)があります。
うち(成駒家)の家系は上方。やはり上方歌舞伎を大事にしていかないといけない、担っていかないといけないですね。歌舞伎界の中でも大きな役割だと思っています。「玩辞楼十二曲」という家の狂言を、祖父も父も大事にしておりまして、中には近年上演されていない演目もあります。「十二曲」の主役を僕はまだ演じた経験がないので、いつか演じるときが来たら、それから上演を積み重ね、祖父と父の背中を追って、一生をかけて突き詰めていきたいと思っています。

「錦秋名古屋顔見世」について

「歌舞伎初心者の方にも観やすい作品に取り組みます。」
2016年11月 永楽館歌舞伎「春重四海波」沖津浪路
名古屋で、楽しみにしていることはありますか。

名古屋での1ヵ月公演は、初舞台(平成7年)以来なので、すごく楽しみです。巡業で愛知県を訪れる機会はありましたけど、1ヵ月間名古屋に居続けるのはほぼ初めて。どんな店があるのか、どんなものが名産なのか。おいしいものがたくさんあると聞いていますので、ワクワクしています。

『番町皿屋敷』のお菊、『春重四海波』の沖津浪路、『連獅子』
の狂言師左近後に仔獅子の精を演じられますが、それぞれの役柄に
ついての思いや、演じる上でのポイントを教えて下さい。

お菊は初役で努めさせて頂きます。大先輩の(中村)梅玉のおじさまの相手役。身の引き締まる思いです。重責を受け止めながら、可愛らしく儚げなお菊という女性の心理をしっかりと出していけたらと思っています。『番町皿屋敷』は岡本綺堂の作品で、とても美しい台詞の中に心理描写がたくさん含まれています。現代語にわりと近くて分かりやすいので、初心者の方にも観やすい作品だと思います。現代にも通じる恋愛劇ですので、ぜひご覧頂けたらと思います。

浪路は昨年演じていて、今回で2度目になります。これも分かりやすいお芝居で、元々は松竹新喜劇の作品。観たまま笑って頂ける喜劇です。出て来るたびに月日が経ち、最初は娘役で、最後にはお婆さんになる。その変化が楽しいので、(片岡)愛之助さんと喜劇のほんわかした雰囲気を大事に、楽しみながら演じたいと思っています。昨年からバージョンアップした新たな形でみなさまにお目に掛けることができると思います。

狂言師左近後に仔獅子の精は、祖父や父、いろんな先輩方の親獅子の精と演らせて頂きました。愛之助のおにいさんとは初めて。狂言師が親子の獅子を演じるというところに焦点を当てて、親子の想いをしっかりと表現しながら、『連獅子』という作品を深めていきたいと思います。大変観やすい作品で、みなさまご存知の「毛振り」は、仔獅子は赤、親獅子は白の毛を振るという凄いものなので、その凄さを劇場で体感して頂きたいですね。

共演される中村梅玉さん、片岡愛之助さんとのご縁や、
印象について聞かせて頂けますか。

梅玉のおじさまは日頃からとてもお優しい方で、楽屋でも色々なお話をさせて頂ける大先輩です。『伊勢音頭恋寝刃』の主役の福岡貢をおじさまがなさったとき、僕が恋人のお紺。まさか相手役をさせて頂けると思わなかったので驚きましたし、喜びもありました。今回は2度目の相手役。幸せなことです。おじさまの青山播磨に負けないように、しっかりとお菊像を描いていけたらいいなと思います。

愛之助のおにいさんとは、妹や娘の役から演らせて頂き、恋人になり、夫婦になり、僕が母親のときも(笑)。色々な役で数えきれない程、ご一緒させて頂いています。おにいさんは、どんなときも変わらないんですよ。楽屋での明るさとか、後輩への接し方、スタッフの方とのかかわり方もすごく素敵で、それが舞台にも一座の雰囲気にも出ているように思います。もちろん緊張感もありますけど、楽しい雰囲気の中でお芝居を一緒にさせて頂いています。

「錦秋名古屋顔見世」にいらっしゃる方へ

「頑張って、舞台で輝いていたい。」
2015年6月 博多座「連獅子」仔獅子の精
今回の「錦秋名古屋顔見世」への抱負と、
舞台を楽しみにしているお客様にメッセージをお願い致します。

10月の名古屋での顔見世では、チラシに扮装写真を載せて頂いたり、大きな役を勤めたり、僕としても責任のある公演だと思っております。一つひとつの役を大切に千穐楽まで努めていきたいですね。また、女方の先輩である中村魁春のおじさまが一座にいらっしゃいますので、女方として色々なことを教えて頂きながら、千穐楽に向けて自分の役を高めていく。そんな公演にしたいと思っています。まだ歌舞伎を観たことがない方も、今回お話した歌舞伎の魅力を気に留めて頂いて、足を運んで頂けたら嬉しく思います。劇場でお待ちしております。

中村壱太郎さんのプロフィール

中村壱太郎
中村 壱太郎(なかむら かずたろう)
平成2(1990)年生まれ。東京都出身。
中村鴈治郎の長男。祖父は坂田藤十郎。母は吾妻徳穂。
平成3(1991)年11月京都南座『廓文章』の藤屋手代で初お目見得。平成7(1995)年1月大阪中座『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名のり初舞台。平成19(2007)年に史上最年少の16歳で大曲『鏡獅子』を踊る。平成22(2010)年3月京都南座で『曽根崎心中』のお初という大役に役柄と同じ19歳で挑む。現在、女方を中心に歌舞伎の舞台に精進しつつ、ラジオやテレビなどにも活動の場を広げている。
平成26(2014)年9月に日本舞踊の吾妻流七代目家元吾妻徳陽を襲名。平成28(2016)年8月新海誠監督作品、映画「君の名は。」ではヒロイン・三葉と四葉の姉妹が舞う巫女の奉納舞を創作。
受賞
平成22年 3月
十三夜会賞奨励賞  『曽根崎心中』お初に対して
平成22年 7月
国立劇場賞奨励賞  『身替座禅』侍女千枝、『歌舞伎のみかた』解説に対して
平成23年 6月
国立劇場賞奨励賞  『義経千本桜』静御前、『歌舞伎のみかた』解説に対して
平成24年 1月
平成23年度 芸術祭新人賞『連獅子』(平成23年10月南座)に対して
平成24年 2月
平成23年度 大阪市 咲くやこの花賞
平成27年10月
国立劇場賞優秀賞  『通し狂言  伊勢音頭恋寝刃』油屋お紺に対して
平成27年 2月
平成27年度 大阪文化賞奨励賞
協力:御園座/歌舞伎座