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平成29年 錦秋名古屋顔見世レポート 夜の部

平成29年10月1日より、日本特殊陶業市民会館ビレッジホール(名古屋市中区)にて上演された「錦秋名古屋顔見世  夜の部」を、演目ごとに見どころとあらすじをご紹介します。

松竹新喜劇の元祖が描く純愛とは?「春重四海波(はるをかさねてしかいなみ)」

俳優である「曾我廼家五郎(そがのやごろう)」は、大阪で哀愁を表現した人情味のある笑いを庶民に届けた、松竹新喜劇の元祖として知られています。彼は、日本の喜劇王とも呼ばれていた顔とは別に、作家「一堺魚人(いっかいぎょじん)」としての顔も持っていました。「春重四海波(はるをかさねてしかいなみ)」は、笑いや哀愁がたくさん詰まった作家「一堺魚人(いっかいぎょじん)」の描く男女の純愛ものの新喜劇です。これが歌舞伎化されており、歌舞伎の風合いを濃くするために、三味線を使って語る義太夫(ぎだゆう)を取り入れるなどの工夫がされています。さて、喜劇王であり作家でもある彼が描く純愛新喜劇と歌舞伎の融合とはどのようなものでしょう。

「春重四海波(はるをかさねてしかいなみ)」ってどんなお話?

舞台は尾張国(愛知県西部)。「春重四海波」は、武術指南役の「中津俊斎(なかつしゅんさい)」の娘である「浪路(なみじ)」と武士の高砂頼母(たかさごよりも)の婚礼をめぐる物語です。「歳を重ねていく二人が困難を乗り越えて愛を貫けるか?」というところが最大の見せ場。相思相愛の二人は、「浪路」のお父さんが出した婿入りの条件によりなかなか結ばれません。結ばれない二人の間には、長い歳月が流れます。この長い歳月を表現した季節の移り変わりは見もの。哀愁漂わせて巡る季節の中、お芝居は第一幕、第二幕、第三幕と歳月ごとに分けて上演されます。

頼母(よりも)と浪路(なみじ)の結婚条件とは?

「頼母」と「浪路」の結婚条件はただひとつ。娘である「浪路」に婿となる「頼母」が剣術で勝つことです。この条件を出した背景には、中津家のお家柄にありました。中津家は「一刀流」の名家。それゆえ、剣術の腕前で、娘に負けるような男なら、家の婿としては迎え入れられないと考えたのです。

壱 一刀流と卜伝流(ぼくでんりゅう)

「頼母」は幼少期から「卜伝流(ぼくでんりゅう)」の修行に励んでいました。そのため、父としてはその腕前を試してから、娘婿にと考えていたのです。ちなみに、「一刀流」は江戸時代初期に編出された流派で剣術三代流派のひとつ。「卜伝流」は室町時代に編出された古流の剣術です。どちらも流派は違いますが、一流の流儀。そのため、「まさか負けないだろう」と「浪路」の父も考えていたのかもしれません。

弐 いざ勝負!勝利の女神はどちらに微笑んだのか?

いざ勝負というとき、家の者たちは何やらおろおろとしています。女中たちは、「浪路」に「わざとでも、負けて欲しい」と懇願している様子。この様子からも「浪路」がとても強いことが分かります。それもそのはず、幼いころから剣術を習っている「波路」はとても強いのです。大勢の人が見守る中、試合開始のゴングがなりました。その試合、わずか1分足らず。勝利の女神は「浪路」に微笑みました。このような結果なので、もちろん「頼母」は中津家の一員にはなれません。「波路」に負けた悔しさ、男としての情けなさなどもあり、「頼母」はある決心をします。それは、剣術修行の旅に出て、強くなったら「浪路」を迎えに行くというものでした。

参 歳月にも負けない二人の深い愛

さて、「頼母」の修行は何年かかったのでしょう?季節の流れる様子が細やかに描かれており、そこに哀愁が漂います。ひとつ言えることは、「頼母」と「浪路」はお互いを想い続けているということです。これは何年経っても変わりません。たとえ容姿が変わってしまったとしても、純愛を貫く二人に、観ている側も優しい気持ちになれるような温かみのある喜劇です。

降り積もる雪と切ない親心「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)」~新の口村~

「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)」は浄瑠璃や歌舞伎の脚本家であった「近松門左衛門」が書いた「冥途の飛脚」の改作。「近松門左衛門」は世話浄瑠璃物を数多く残した脚本家で、「恋飛脚大和往来」もこれにあたります。世話物とは、江戸庶民の日常生活にある出来事や話題を取り扱ったお話のことで、「恋飛脚大和往来」も「飛脚屋」である「忠兵衛」が罪人になってしまうまでのお話です。

経緯を知れば内容が分かりやすくなる!

「恋飛脚大和往来」は、全12話もある長編ストーリー。それゆえ、12話の中でも特に見どころの多いクライマックス部分のみが上演されています。その中でもよく上演されているのは「新の口村」の場面。罪人となった「飛脚屋」の「忠兵衛」が、傾城(遊女)の「梅川」と心中する前に父をひと目見たく「新の口村」に寄るところ。話の途中から上演されることや、歌舞伎独特の言い回しで、内容を知っていなければ理解しにくい部分もあります。そこで、話の内容が分かるように「なぜ罪を犯したのか」という部分についてご紹介します。

壱 「忠兵衛(ちゅうべえ)」はなぜ罪を犯したのか?

「忠兵衛」はなぜ罪を犯したのでしょう?その理由は「お金と遊女に狂ってしまったから」です。まず、「忠兵衛」のお仕事は荷物を運ぶ「飛脚屋」です。ATMというものがなかった時代、現金を遠くに運ぶのも「飛脚屋」の仕事でした。大金を運んでいて、「忠兵衛」はお金に目がくらんでしまったのです。はじめは小さなお金だったのが、だんだんと大きくなってきました。さらに、遊女遊びも覚えてしまったので大変です。横領はあれよあれよと進んでゆき、ついに公金にまで手を付けてしまいました。公金に手を付けてしまった理由は、傾城の「梅川」を身請け(自由の身にすること)するためです。

弐 「忠兵衛」の犯した罪とその重さ

公金には、誰かがこっそりと横領してしまわないように「封印」がされていました。「封印」とは小判が紙で包まれて封がされており、これを切ってしまったらすぐに分かるというものです。その封を切ってしまった者は、「死罪」。つまり、「忠兵衛」の犯した罪は死罪ということです。この罪から逃れるために「忠兵衛」は「梅川」を連れて心中を考えました。心中を考えたとき、ふと脳裏に浮かんだのは年老いた父の顔。そこで、死ぬ前に父をひと目見ようと「梅川」と供に「新の口(奈良県橿原市新口町)」へ向かったのです。

参 雪降り積もる「新の口」へ年老いた父をひと目見たくて

降り積もる雪は心中する二人の悲劇を際立たせる演出。父の様子をひと目見たくて、「新の口」へやって来た「忠兵衛」は、父の思いがけない姿を目にします。息子が罪人になったという噂が父の耳にも入っており、心労で体が弱っていたのです。その姿を見た「忠兵衛」は、今にも飛び出して父にわびたい気持ちでいっぱいになりますが、それはできません。しかし、「梅川」が倒れた父の姿を見て、思わず手を差し伸べてしまいました。

参 罪人である我が子へ。父の出した結論とは?

「梅川」が手を差し伸べ、彼女と話をしているうちに、父は息子が近くにいることに気付いてしまいます。「ひと目でも見たら、罪人なのに我が子だから可愛いと思ってしまう」と涙ながらに訴える父。その父を見た「忠兵衛」と「梅川」は申し訳なさでいっぱいになります。切ない気持ちにさらに追い討ちをかけるように降り積もる雪。最後に出した父の出した結論や台詞には考えさせられます。

子獅子は親獅子の背中を見て育つ!「連獅子(れんじし)」

古典芸能での獅子はライオンではなく、霊獣。「連獅子(れんじし)」は霊獣である獅子親子の様子が描かれています。舞台は文殊菩薩(もんじゅぼさつ)が住むという天竺(てんじく)。この作品は「石橋(しゃっきょう)」という能をもとに舞台装置が作られており、この装置を使った舞台を「松羽目物」と言います。老松が描かれている舞台が「松羽目物」の特徴です。長唄舞踊、三味線に太鼓、小太鼓がずらりと並ぶ中で、霊獣獅子の親子の愛あふれる物語が始まります。

「連獅子(れんじし)」はどのようなお話?

文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の聖地と言われている天竺(てんじく)。牡丹の咲くこの地の「石橋」には霊獣の獅子親子が出現するという伝説がありました。獅子親子の伝説を語るのは、狂言師の「右近」と「左近」です。彼らのお話によると、獅子の親は仔を強く育てるために、わざと谷底に突き落とし、這い上がってきた仔のみを育てるというもの。這い上がってきた仔獅子はたくましくなって親獅子との対面を喜びます。「連獅子」は、たくましく育っていく仔獅子と、それを見守る親獅子の心温まるお話です。

音や動きで獅子親子の心情や成長が分かる!「連獅子」の見どころ

「連獅子」の見どころは、音や動き。獅子親子が戯れている様子では華やかな音楽や小太鼓が小気味良く響きます。唄い手からも、親子の戯れている様子が分かるので、その歌詞に耳を傾けてみましょう。さらに、仔がたくましく育つ様子は、足を踏み鳴らす音で表現。勇ましく足を踏む力強さやあぐらをかいて「どしん」と座る様に、仔獅子の成長が感じられます。静けさでも獅子親子の心情を表現。仔を谷に突き落として心配している親獅子の心情もしっかりと表現されています。

勇ましい親子の獅子を見事に表現!獅子の狂い

最後の部分では、勇ましい親子獅子が毛を振って獅子の狂いを見せます。赤と白のふさふさとした長い髪で花道に親子獅子が登場すると、観客から拍手が。最大の見せ場、「獅子の狂い」の始まりです。左右に振る「髪洗い」や、毛を回転させる「巴(ともえ)」、舞台に叩きつける「菖蒲叩き(しょうぶたたき)」などは見もの。親のあとに続いて同じように獅子狂いを見せる仔獅子の勇ましい姿に注目です。