

文化財建造物が六つあります。大講堂は昭和36年に建築された日本の公会堂と言われた最初の建物で国指定重要文化財にもなっています。中は吹抜けの大広間と中央に演壇があります。階段は昔を思わせるかなり急な角度と高さでした。2階は手摺りがありますが、非常に高さの低い手摺りで思わず落ちそうな気がしました。壁に伊藤博文の書がかけられており、素晴らしいです。お隣の仰徳記念館は昭和17年に東京霞ヶ関に倒幕軍の総大将有栖川宮熾仁親王邸として建てられた数少ない工部省設計の宮廷建築です。昭和13年に下賜され現在地に移築されました。その他大日本報徳社の正門、仰徳学寮、冀北学舎、淡山翁記念報徳図書館があります。報徳運動は明治維新前後の日本の近代化黎明期に、二宮尊徳の唱えた報徳思想の普及を目指し、道徳と経済の調和の中で困窮する農民の救済をはかり、全国に広まりました。尊徳晩年の弟子岡田良一郎の指導が盛んだった掛川はやがて全国の報徳運動の中心となり大日本報徳社が開設されました。